猫派か?犬派か?

完全になかやまの偏見なんですけど。
ひきこもりの子供を抱えて困っている親は、犬派と猫派で抱えている悩みの傾向が違うかもしれない、とか考えている。

気分屋できまぐれで、自分勝手で、人間に対して積極的に関心を持たない、関心を示すときは猫にとって必要なときだけ。猫のそういう部分が好きな人は、なんとなくひきこもりとの生活自体は許容してしまっているような気がする。猫のそういう部分が嫌いな人は、ひきこもりとの生活や人間関係に悩んでそうに感じる。猫好きの親は、奔放な当事者の将来を面倒見られないことに対して不安に思っていそうな感じがする。そういう話だ。

要するに「ひきこもり」という状態と猫は、結構似ている気がする、という話でもある。

猫が好きな人が引きこもり当事者の場合は、自分をある程度許せるし逆に社会に対してストレスを感じている気がするけど、猫が嫌いなひきこもり当事者は、自分が猫っぽいと感じて自分が許せないで責めているかもしれない。

犬好きのひきこもり当事者か、猫好きのひきこもり当事者か。

犬好きの家族か、猫好きの家族か。

そういう切り口で考えてみると、抱えている問題の本質が見えてきそうなんだけど、どうだろう?