社会の中での役割

いらない子?

うちの柴犬さんも、時にはしょんぼりとした顔をしているときがあります。
例えば、ケージでの待機が長かったりしたときです。
「・・・俺ってひつようとされてない?」
という顔をしていたりします。

そんなときは、いっぱい撫でてあげて「もうええわ!」ってなるまで撫でてあげます。
そうするとまた笑顔をみせてくれます。

犬は、社会の一員であることに価値を感じる生き物です。
その点は猫と大きく違う価値観を持っていると感じます。

昔、猫を飼っていましたが、関係性の中に役割や意味を持って生きてません。
そこもまた愛すべき部分なんですが、それはおいておき。

集団で狩猟をする狼と先祖を同じくする犬は、集団の中での立ち位置を常に考えていて、なにが求められているのかをいつも考えていると感じます。自分ができること、求められている役割が集団のなかにあることに、価値を感じて喜びを得ています。

何がいいたいのかと言うと、人間も犬と同じく社会の中で役割や意味を感じている生き物だということです。

ひきこもり当事者と親の支援ということを考える時に、どうすれば社会の中に自分だけの役割を感じてもらえることが出来るだろう?価値を感じてもらえるだろうか?それを考えるようにしています。

ひきこもり当事者も、その親も家庭も。社会の中で孤立して各個人が孤独だけれども、役目や関わり合いがあって。その関わり合いを少しだけ好転させることが出来たなら、気づくことが出来たなら、互いに価値を感じられる関わり合いにできるような気がするんですけど、どうなんでしょうか。浅知恵でしょうか?

犬と同じに、いっぱい撫でてあげることは出来ませんが。

きっと、関係者皆の少しの気遣いで家庭の関係は変わっていけると、信じていたいです。

──もっとも、社会に求められている立ち位置が、理不尽で納得できないって場合もありますが。

それはまた別の話。