働かない。

働いたら負け

働くって何だ?

一般論ですが書いてみる。

大学卒業して、大企業へ就職して、老後までお金に困らない生活をするために、大企業のいいなりに人生を消費すること?つまりは雇用を満たすために要求される労働を奉仕する。それだけならまだしも。場合によれば無能な上司が自分にも出来ない無理難題を強いて、成功すれば上司の手柄として搾取され、失敗すれば責任を取らされる。調子の良いことばかり言ってご機嫌伺いが上手いだけで中身が無くて仕事のできない無能が出世して、上司となって偉そうにする。能力が高いものは疎まれ嫉妬され集団で追い詰められ孤立して退社を迫られる。会社や上司に反感を示せばもはや出世の道を失い、無能の烙印を押され成果を搾取され続けた挙げ句に、ただ定年を迎え会社を去る。行く末の老後は老人ホームや病院に入って、金があっても裕福でも、友人もなく孤独に寂しげに一生を終える。

人類平等とか人権とか福祉とかは、大多数の弱者を黙らせて社会転覆させないための、社会を維持してカネの価値を守るための手段であって方便であって欺瞞でしょう?
「情けは人の為ならず」?金持ちが言うと、とても説得力が違います。

働いた対価のほとんどは税金で持っていかれて、何も残らない。
子供に子孫にカネを残す?そんなことできない社会構造になっています。

男女雇用機会均等を旗印に夫婦が平等に共働きであることを推奨し、別居による住宅産業増による経済効果を目的に、成人した子と親の同居を勝手な論法で問題視して積極的に別居と労働を強いる。夫婦で働かないと生活できないし、疲弊した家庭の問題や子育てを円滑にするために用意した福祉の利用を推奨する。核家族どころか男も女も子供も老人も孤立化が加速するのは当たり前。

なんのことはない、「孤独」「孤立」は、社会を維持するための政策なんじゃないの?
足を引っ張るしか能のない奴らに協力したくないから、政治批判する気ないけれど。

ともあれ社会打倒の意思を集合しなければ、どうとでもなるものね。

なにもかもが搾取される社会。人生さえも搾取される世界。

そして「孤独」。

この社会って一度、爆発したほうが良いと思う。

人がまだ原始の時代。お金がまだ無く物々交換の時代。

社会は、各個人が出来ることをする時代だった。

「出来ること」とはすなわち、狩りや採集であったり、道具や土器職人であったり、子育てであったり。祈祷師であったり、占い師であったり、集落をまとめる長であったりした。

各個人が好きなことを得意であることを能力と成果で示し、互いに認め合うことで。その才能を活かした成果を皆で交換しあうことで、社会を形成していた。

これが、役割分担、仕事の始まり。

すなわち仕事とは、自分が得意で好きなことをするものだった。

それは昔。ただの理想と笑うだろうか?

自分がやりたくない嫌なことでも「仕事」として「働く」価値観は、終わりつつある。

好きで出来ることをして、認めてもらい対価を得る時代が始まっている。

eスポーツを目指し、ユーチューバーを目指し、アイドルを声優を目指し、小説や漫画を描き、好きなことを好きなまま、評価と対価を得られる時代になった。

対価なんて少しでも良い。無くてもいい。

自分への評価なんだから、ものすごく感謝できる。

それが大切だと感じるし、それが意義のある人生につながる。前へ進める。

低所得者扱い?障がい者扱い?レッテルなんてクソ喰らえ。
それで福祉の名のもとにタダ飯食わせてもらえるのなら、遠慮なんてする必要はない。

支配層の腐った都合で「福祉」が充実してても良いじゃないか。遠慮や憤慨なんて意味はない。それで最低限と言われている生活が出来るなら「偽善もまた善」なんだから、むしろ利用して丁度いい。引け目を感じることなんてない。
みんなが必要と認める価値なんだからウィンウィンと言うやつだ。

誰もが自分勝手に生きて、自分の理屈で生きていて、自分本意な理由で社会平等を謳っているんだ。働かない。大いに結構。嫉妬して福祉の利用に文句を言うやつには「ならあんたも働くな」と言えばいい。ゲーム盤の勝ち組を自称するなら、勝ちゲームを守るためにチップを払ってるとでも思って納得しろ。

やりたいことをやる。収入なんて関係ない。他人なんて関係がない。

自分の心に従い突き動かされる選択のままに、前へと向いて人生を賭ける。
対価が得られるなら感謝する。素直に喜び嬉しく頑張れる。

それこそが、「働く」という本当の答えだ。

やりたいを叶える。喜びあい認め合う。

それが人生で何が悪い。

意味もなく働けるか。