むかしばなし。

平成2年、東京へ上京。

あれ?平成3年だったかもしれない。

東京にて

コンビニのバイト、本屋の雇われ店長を3年。
その後ゲーム会社のシナリオライターになる。

通院

1998年頃から心の病気。

会社を変わったり、フリーのシナリオライターでがんばる。
居酒屋のバイトとかやったり、友人のバイトを手伝ったりする。

高知へ帰郷

帰郷の理由は、心の闇が進行してとうとう壊れたこと。
2010年10月に高知へ帰郷する。

両親と同居にて

両親と同居することになり、兄の仕事を手伝いながら療養をするが、精神異常に陥って。
兄に「俺に死ねと言ってくれたら死ぬから、死ねと言ってくれ」と言ったが、死ねとは言われなかった。

兄の手伝いを辞めて収入がなくなったことで、両親と同居が難しくなる。
生活サイクルが違うしパソコンやなんやかんやで電気代が2万円以上かかるので、容易に両親の年金生活を圧迫してしまった。

このままでは両親に迷惑をかける。
なにより両親の不機嫌と自己嫌悪に耐えられない。

死にたい。死に方を考える日々が続く。

一人暮らし

2012年9月。
現状打破として福祉に頼り、アパートを契約して一人暮らしに移行する。
証明写真に写った顔はいびつに歪んでいて、みごとにキ○ガイらしい顔だった。

両親が心配することも考えて、毎週金曜日に必ず実家へ行くようにした。

2017年4月。
友人の死をきっかけに、活動を変えていく。

2020年現在。
兄との交流を再開するには数年かかったが、きっかけを経て、今はまた仕事をさせてもらったりしている。
感謝しかない。

現在も毎週金曜日には実家へ行く。数えると8年。約415日。長いようで短い。両親の金銭面の不安と不満と失望を解消するだけではなく、自分の罪悪感や自己嫌悪も解消できて、家族関係が円満になった。

なにはともあれ。

高知県生涯学習支援センターに参加して「スマホ・パソコン教室」などをしていたら、山本美香さんと山田孝明さんと出会い、今に至る。

認定カウンセラー?まじですか?えええー。

これからなにができるだろうか?

青い記憶 いとうかなこ(歌詞)